生活保護の申請をためらう理由として、もっとも多く挙げられるのが「家族や親族に知られたくない」という不安です。福祉事務所が親族に問い合わせをする「扶養照会」を心配して、相談そのものをあきらめてしまう方も少なくありません。
しかし、厚生労働省は2021年に運用の考え方を整理し、照会を行わなくてよい場合を具体的に示しています。また、そもそも親族の扶養は生活保護を受けるための「条件」ではありません。
この記事では、扶養照会の対象になる親族の範囲、照会が行われない3つの類型、そして照会を望まないときの伝え方を、厚生労働省の資料にもとづいて整理します。
扶養照会とは何か
扶養照会とは、生活保護の申請があったときに、福祉事務所が申請者の親族に対して「援助ができるかどうか」を確認する手続きです。生活保護法第29条にもとづく調査の一つとして行われます。
照会の方法は相手によって異なり、書面での問い合わせが基本ですが、関係が近い親族については実際に訪問して調査が行われることもあります。
聞かれるのは金銭的な援助だけではない
意外に知られていませんが、扶養照会で確認されるのは仕送りなどの経済的な支援だけではありません。厚生労働省の資料では、扶養に含まれるものとして次のような精神的な支援も挙げられています。
つまり「お金は出せないが、たまに連絡を取ることはできる」という回答も、制度上は意味のある回答として扱われます。金銭的な援助ができないことを理由に、親族が回答をためらう必要はありません。
扶養は生活保護の「要件」ではない
ここが、扶養照会をめぐって最も誤解されている点です。
生活保護法第4条第2項は、民法に定める扶養義務者の扶養は「保護に優先して行われる」と定めています。この「優先」という言葉が「親族の援助が受けられない状態でなければ保護を受けられない」という意味に読まれがちですが、制度上の意味はまったく異なります。
厚生労働省は、この「優先」について、実際に扶養義務者から金銭的な援助が行われたときに、それを収入として取り扱うという意味だと説明しています。そのうえで、同居していない親族に相談してからでないと申請できない、というわけではないと明記しています。
「扶養が条件」と説明することは申請権の侵害にあたる
厚生労働省はさらに踏み込んでいます。福祉事務所の職員向けの資料では、申請権を侵害する行為の例として、次のような説明が挙げられています。
窓口で「まずご家族に相談してください」と言われて引き下がってしまう必要はありません。申請の意思を示せば、福祉事務所は速やかに申請書を交付することとされています。申請から決定までの期間は原則14日以内(調査に時間を要する場合は30日以内)です。
申請の具体的な流れは、生活保護の申請方法で詳しく解説しています。
ひとつだけ例外がある
ただし、例外がまったくないわけではありません。扶養義務者が金銭的な援助を申し出ていて、実際に扶養する能力があり、かつ扶養する意思が明らかである場合には、その扶養を求めること自体が保護の要件として位置づけられるとされています。
言い換えると、援助を申し出ている親族が現実にいる場合には、その援助が優先されるということです。「誰にも頼れない」状態であれば、この例外には当たりません。
照会の対象になる親族の範囲
「どこまで連絡が行くのか」という不安に答えるには、範囲を3つの層に分けて理解する必要があります。
第1層 法律上の扶養義務者
まず、民法上の扶養義務者にあたる人の範囲です。
| 区分 | 対象 |
|---|---|
| 絶対的扶養義務者 | 配偶者、祖父母・親・子・孫などの直系血族、兄弟姉妹 |
| 相対的扶養義務者となり得る者 | 上記を除く3親等以内の親族のうち、家庭裁判所で扶養義務を負わせる審判がなされる可能性が高い人 |
後者に当たるのは、現に申請者やその世帯を扶養している人、または過去に申請者から扶養を受けるなど特別の事情があり、扶養能力があると推測される人です。おじ・おば、おい・めいなどが3親等に含まれますが、単に3親等以内というだけでは対象になりません。
第2層 重点的に調査される対象
第1層に当てはまる人すべてに同じ調査が行われるわけではありません。関係の近さによって扱いが分かれます。
重点的に調査される「重点的扶養能力調査対象者」とされるのは、①夫婦および中学3年生以下の子に対する親(生活保持義務関係と呼ばれます)、②それ以外の親子関係にある人のうち扶養の可能性が期待される人、です。この区分に当たる人が福祉事務所の管内に住んでいる場合は実地での調査が行われ、保護を受けている間も年1回程度の調査が続きます。
それ以外の扶養義務者については、書面による照会にとどまります。
第3層 照会を行わなくてよい類型
そして、第1層・第2層に当てはまる相手であっても、扶養義務の履行が期待できないと判断される場合には、直接の照会を行わないこととして差し支えないとされています。この第3層が、次の章で説明する2021年の運用変更の中心です。
照会をしなくてよい3つの類型
厚生労働省は、扶養義務の履行が期待できない人として、次の3つの類型を示しています。
類型1 扶養できる状況にない
扶養義務者自身が生活保護を受けている、社会福祉施設に入所している、長期入院している、主たる生計維持者ではない非稼働者(専業主婦・主夫など)である、未成年者である、おおむね70歳以上の高齢者である、といった場合です。
類型2 著しい関係不良
申請者の生活歴などから特別な事情があり、明らかに扶養が期待できない場合です。具体例として、その親族に借金を重ねている、相続をめぐって対立している、縁が切られている、といった状況が挙げられています。
ここが2021年に変わった部分です。従来は「20年間音信不通である」ことが該当例として示されていましたが、2021年2月26日付けの厚生労働省の事務連絡で、一定期間(例えば10年程度)音信不通であるなど交流が断絶していると判断される場合は著しい関係不良とみなしてよい、という例示が追加されました。
20年という基準は、実際の家族関係の断絶からするとあまりに長く、多くの人が該当しませんでした。この例示の追加によって、該当する範囲は実質的に大きく広がっています。
類型3 照会が自立を阻害する
扶養を求めることによって、明らかに申請者の自立を阻害することになると認められる場合です。配偶者からの暴力を逃れてきた母子、虐待などの経緯がある場合が該当します。
厚生労働省の資料でも、配偶者からの暴力の相手方などには照会しないと明記されています。
過去に暴力や虐待を受けた相手がいる場合は、そのことを申請時に必ず伝えてください。伝えなければ福祉事務所は把握できず、通常の手続きが進んでしまう可能性があります。
照会を望まないときの伝え方
3つの類型に当てはまるかどうかは、申請者本人が説明しなければ福祉事務所には分かりません。黙っていても配慮はされないという点が、実務上もっとも重要です。
申請の時点で意思を示す
2021年3月30日付けの厚生労働省の通知により、扶養照会を実施するのは扶養義務の履行が期待できると判断される人に限ることが明確にされました。あわせて、申請者が扶養照会を拒んだ場合には、その理由について特に丁寧に聞き取りを行うという対応方針が示されています。
したがって、進め方としては次のようになります。
説明するときの具体例
「関係が悪い」とだけ伝えても、どの類型に当たるのかが伝わりません。次のように、事実にそって具体的に伝えるほうが確実です。
| 事情 | 伝え方の例 |
|---|---|
| 長く連絡がない | 最後に連絡を取ったのが何年ごろか、住所を知らないこと |
| 金銭をめぐる対立 | 借金や相続に関する経緯があること |
| 暴力・虐待 | 誰から、いつごろ、どのような経緯があったか |
| 相手の状況 | 相手が高齢である、入院中である、生活保護を受けているなど |
うまく説明できるか不安な場合は、支援に慣れた相談先に同行してもらう方法もあります。相談先の種類は生活保護の相談窓口一覧にまとめています。
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扶養照会をめぐるよくある誤解
勤務先に連絡が行くのか
扶養照会は、あくまで親族に対して行われる手続きです。勤務先へ生活保護の相談があったことを知らせる仕組みではありません。ただし、就労している場合には収入を確認するために給与明細などの提出を求められます。これは扶養照会とは別の収入調査です。
照会を断ると申請が却下されるのか
扶養は保護の要件ではないため、照会を望まないと伝えたこと自体を理由に却下される仕組みにはなっていません。前述のとおり、拒んだ場合は理由を丁寧に聞き取ることとされています。
なお、申請が却下された場合には、その処分に不服を申し立てる制度(審査請求)があります。
親族全員に必ず連絡が行くのか
扶養義務者にあたる人すべてに一律で照会されるわけではありません。第2層で説明したとおり、関係の近さによって実地調査と書面照会に分かれ、第3層に当てはまる相手には照会そのものを行わないこととされています。
自治体によって対応が違うのか
扶養照会の考え方は国の通知で定められていますが、運用の細かな部分は福祉事務所ごとに差があるのが実情です。窓口での説明が国の通知と食い違うと感じた場合は、通知の内容を示して確認を求めることができます。
窓口の役割については福祉事務所の役割で解説しています。
よくある質問
- Q扶養照会は必ず行われるのですか?
- A
必ず行われるものではありません。扶養義務の履行が期待できないと判断される場合には、直接の照会を行わないこととして差し支えないとされています。該当するかどうかは申請時の説明にもとづいて判断されるため、事情は具体的に伝えてください。
- Q何年連絡を取っていなければ照会されませんか?
- A
一律の年数が決まっているわけではありませんが、2021年の厚生労働省の事務連絡では、一定期間(例えば10年程度)音信不通であるなど交流が断絶していると判断される場合は、著しい関係不良とみなしてよいという例示が示されています。従来の「20年間」から例示が追加された形です。
- Q親族が援助を断ったら保護は受けられませんか?
- A
援助を断られたことは、保護を受けられない理由にはなりません。扶養は保護の要件ではなく、実際に援助が行われた場合にその金額を収入として扱うという位置づけです。
- Q扶養照会を拒みたい意思は、どのタイミングで伝えればよいですか?
- A
申請の時点で伝えるのが確実です。照会が行われた後では取り消せないため、面接相談や申請書の提出の際に、対象になりそうな親族ごとの事情とあわせて伝えてください。
- Q3親等以内の親族には全員照会されるのですか?
- A
いいえ。3親等以内であっても、現に扶養している、または過去に扶養を受けるなど特別の事情があり扶養能力が推測される人に限られます。単に3親等以内というだけで照会の対象になるわけではありません。
生活保護の扶養照会 まとめ
扶養照会について押さえておきたい点を整理します。
- 親族の扶養は生活保護の要件ではなく、実際に援助があった場合に収入として扱うという位置づけ
- 「扶養が条件」と説明することは、申請権の侵害にあたるとされている
- 照会の対象は3親等以内の親族すべてではなく、関係の近さで扱いが分かれる
- 扶養できる状況にない、著しい関係不良、自立を阻害する、の3類型に当たる相手には照会しないこととされている
- 2021年の運用変更で「10年程度の音信不通」が著しい関係不良の例示に加わった
- 事情は申請時に自分から具体的に伝える必要がある
家族に知られたくないという理由だけで、相談をあきらめる必要はありません。まずは事情を整理して、窓口で伝えるところから始めてみてください。
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