役所から「保護費を返してください」と言われた。収入の申告が一度遅れてしまった。そんなとき、「自分は不正受給をしてしまったのだろうか」と不安になる方は少なくありません。
インターネット上の情報は、返還を求められることと不正受給を同じものとして扱いがちです。しかしこの2つは、生活保護法のうえではまったく別の制度です。悪意がなくても返還を求められる場面はありますし、それは不正受給ではありません。
この記事では、生活保護法の条文と厚生労働省の通知をもとに、次の4つを整理します。返還(第63条)と徴収(第78条)の違い、国が示している「どこからが不正受給か」の基準、40パーセントの加算と罰則の正確な中身、そして実際の件数です。
先に結論をお伝えします。申告が遅れたというだけで、直ちに不正受給として扱われるわけではありません。
そもそも「不正受給」という言葉は法律にない
「不正受給」は広く使われている言葉ですが、生活保護法の条文には一度も出てきません。通称です。
条文では「不実の申請その他不正な手段」と書かれている
保護費の徴収を定めた生活保護法 第78条第1項は、対象をこう書いています。
不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額に百分の四十を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。— 生活保護法 第78条第1項
罰則を定めた第85条第1項も、同じ「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者」という言い方をしています。
つまり法律が問題にしているのは、「不実の申請」または「不正な手段」があったかどうかです。金額の大小ではありません。
申告が漏れただけでは、不正受給とは限らない
生活保護を受けている人には、届け出の義務があります。
被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。— 生活保護法 第61条(届出の義務)
この義務があることと、守れなかったときに直ちに「不正な手段」と評価されることは、別の話です。届け出が遅れた理由、遅れたあとの対応、福祉事務所からの問いかけにどう答えたか。そうした事情を見たうえで判断されます。その判断の分かれ目は、この記事の3つ目の見出しで具体的に示します。
「返還」と「徴収」は別の制度
ここがこの記事でいちばんお伝えしたい部分です。生活保護法には、受け取った保護費をあとから戻す仕組みが2つあります。根拠となる条文が違い、性格も違います。
第63条の返還 — 悪意がなくても起きる
被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。— 生活保護法 第63条(費用返還義務)
分かりにくい条文なので、言い換えます。手元にすぐ使えるお金はなかったけれど、あとから使えるようになるお金が「ある」状態だった場合に、その分を調整するための仕組みです。
典型的なのは次のような場面です。
いずれも、保護を受けていた時点では手元に入っていません。隠していたわけでも、嘘をついたわけでもありません。それでも、あとから入ってきた分については調整が行われます。
厚生労働省の通知も、この条文の性格をはっきり書いています。
法第63条は、本来、資力はあるが、これが直ちに最低生活のために活用できない事情にある要保護者に対して保護を行い、資力が換金されるなど最低生活に充当できるようになった段階で既に支給した保護金品との調整を図るために、当該被保護者に返還を求めるものであり、被保護者の作為又は不作為により保護の実施機関が錯誤に陥ったため扶助費の不当な支給が行われた場合に適用される条項ではない。— 厚生労働省「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」(平成24年7月23日 社援保発0723第1号)
第78条の徴収 — 不正な手段があったとき
いっぽう第78条は、「不実の申請その他不正な手段」があった場合の規定です。条文は先ほど引用したとおりで、費用の全部または一部を徴収するほか、その徴収額に百分の四十を乗じた額を上限として、上乗せして徴収できると定めています。
2つを並べて比べる
| 第63条の返還 | 第78条の徴収 | |
|---|---|---|
| 条文の言い方 | 被保護者が「返還しなければならない」 | 自治体の長が「徴収することができる」 |
| どういうときか | 資力があるのに保護を受けたとき | 不実の申請その他不正な手段があったとき |
| 悪意の有無 | 問わない | 前提になる |
| 上乗せ | なし | 40パーセントを上限に上乗せできる |
| 罰則との関係 | なし | 第85条の対象になりうる |
「返してください」と言われたことが、そのまま「不正受給と判断された」ことを意味するわけではありません。どちらの条文にもとづく決定なのかは、福祉事務所から交付される決定通知書に記載されています。手元の書類を確認してみてください。
どこからが第78条になるのか(国が示す4つの基準)
では、その線引きはどこにあるのでしょうか。厚生労働省の通知が、第78条を適用する基準として4つを挙げています。
- 保護の実施機関が被保護者に対し、届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわらず被保護者がこれに応じなかったとき
- 届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき
- 届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき
- 課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であることが判明したとき
(出典は上と同じ通知です)
4つに共通しているのは、「言われたのに応じなかった」「意図的に手を加えた」「聞かれたのに答えなかった、または嘘をついた」という点です。裏を返せば、うっかり忘れていた、制度を知らなかった、という状態そのものは、この4つのどれにも当てはまりません。
同じ通知は、第63条が妥当な場合についても書いています。
被保護者に不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で、保護の実施機関への届出又は申告をすみやかに行わなかったことについてやむを得ない理由が認められるときや、保護の実施機関及び被保護者が予想しなかったような収入があったことが事後になって判明したとき等は法第63条の適用が妥当である— 同通知
気づいた時点ですみやかに申し出ることには、意味があります。上の4つの基準はいずれも「指摘されてからの対応」を見ているためです。
同じ「申告していなかった」でも分かれる
短期のアルバイトをして収入を申告していなかった、という同じ出来事でも、その後の経過によって扱いは変わりえます。
ひとつは、給与が振り込まれたあとに家族の入院が重なり、申告の書類を出しそびれていたという場合です。翌月の面談で自分から「先月、短期の仕事をしました」と伝え、支払明細を提出しました。この経過は、上の4つの基準のどれにも当てはまりません。
もうひとつは、福祉事務所から「収入があったのではないか」と尋ねられて「働いていません」と答え、あとから課税の記録で就労が分かった場合です。これは3つ目と4つ目の基準に当てはまります。
違いは、収入があったかどうかではありません。尋ねられたときにどう答えたか、気づいたあとに自分から伝えたかどうかです。
ここに挙げたのは条文と通知から組み立てた説明であり、個別の事案がどちらに当たるかを判断するのは福祉事務所です。迷う状況であれば、判断が出る前に相談してください。
誤解されやすい2つのこと — 40パーセントの加算と罰則
40パーセントは「上限」であって、必ず上乗せされるわけではない
第78条第1項をもう一度見てください。「その徴収する額に百分の四十を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる」と書かれています。
この規定が加わったのは、生活保護法の一部を改正する法律(平成25年法律第104号)によるもので、施行は2014年(平成26年)7月1日です。
罰則は「3年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金」
不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者は、三年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。ただし、刑法(明治四十年法律第四十五号)に正条があるときは、刑法による。— 生活保護法 第85条第1項
ここで1つ、注意していただきたいことがあります。「3年以下の懲役」と書いている解説記事が、いまもたくさんあります。2025年6月1日に施行された刑法の改正で、懲役と禁錮は「拘禁刑」へ一本化されました。現行法の条文は「拘禁刑」です。
なお条文の後段には「ただし、刑法に正条があるときは、刑法による」とあります。悪質な事案が詐欺罪などで扱われることがあるのは、この部分によります。
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数字で見る不正受給
不正受給の件数と金額は、厚生労働省が集計しています。直近で公表が確認できるのは令和2年度(2020年度)の数値です。
| 項目 | 令和2年度 |
|---|---|
| 件数 | 32,090件 |
| 金額 | 約126億4,659万円 |
| 1件あたりの金額 | 約39万4,000円 |
内訳は次のとおりです。
| 内容 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 稼働収入の無申告 | 15,878件 | 49.5% |
| 各種年金等の無申告 | 5,678件 | 17.7% |
| 稼働収入の過少申告 | 3,551件 | 11.1% |
| 保険金等の無申告 | 771件 | 2.4% |
| 交通事故に係る収入の無申告 | 391件 | 1.2% |
| 預貯金等の無申告 | 387件 | 1.2% |
| その他 | 5,434件 | 16.9% |
| 合計 | 32,090件 | 100.0% |
働いて得た収入の無申告と過少申告を合わせると19,429件で、全体の60.6パーセントを占めます。逆に言えば、不正受給として扱われたもののおよそ6割は、働いたお金の申告に関するものです。
出典は、社会保障審議会の生活困窮者自立支援及び生活保護部会(令和4年8月10日)に提出された資料で、元のデータは生活保護法施行事務監査の実施結果報告を集計したものです。保護費全体に占める割合については、生活保護の受給者数は約197万人で扱っています。
この数値は公表から5年が経っています。また令和2年度は新型コロナウイルスの影響で、課税調査や訪問調査の実施状況が通常の年と異なっていた可能性があります。令和3年度以降の数値は、厚生労働省の公開資料では確認できませんでした。「最新の傾向」ではなく「令和2年度時点の姿」としてお読みください。
うっかりを防ぐために、いま確認しておくこと
ここまで見てきたとおり、不正受給として扱われるかどうかの分かれ目は、気づいたあとにどう動いたかにあります。そのうえで、日ごろ確認しておきたいことを3つだけ挙げます。
- 1つ目は、収入は金額の大小にかかわらず申告することです。第61条は「収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき」と定めており、金額の下限を設けていません。単発の仕事も、短期のアルバイトも対象です。
- 2つ目は、収入以外の変化も届け出ることです。住む場所が変わったとき、世帯の人数が変わったときも、同じ第61条の対象です。受給中に認められる範囲は生活保護受給中にできること・できないこと一覧にまとめています。
- 3つ目は、働いた分が全部引かれるわけではないと知っておくことです。働いて得た収入には控除の仕組みがあり、申告したほうが手元に残るお金は増えます。具体的な金額は生活保護の勤労控除で早見表にしています。「申告すると損をする」という思い込みが、申告をためらわせる原因になっていることがあります。
判断に迷ったときは、担当のケースワーカーに確認してください。聞いたうえで対応することが、先ほどの4つの基準のどれにも当たらない、いちばん確実な方法です。
よくある質問
- Q収入の申告が遅れてしまいました。これは不正受給になりますか。
- A
遅れたという事実だけでは、直ちに不正受給として扱われるわけではありません。厚生労働省の通知は、第78条を適用する基準として「指示をしたにもかかわらず応じなかったとき」「明らかに作為を加えたとき」「説明を求められたのに応じず、または虚偽の説明を行ったとき」「課税調査等により収入申告書が虚偽であることが判明したとき」の4つを挙げています。気づいた時点ですみやかに福祉事務所へ申し出てください。
- Q少額のアルバイト代も申告が必要ですか。
- A
必要です。生活保護法 第61条は「収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき」と定めており、金額の下限はありません。
- Q保護費の返還を求められました。不正受給と判断されたということですか。
- A
そうとは限りません。生活保護法には第63条の返還と第78条の徴収という別の仕組みがあり、第63条は悪意がなくても適用されます。どちらにもとづく決定かは、福祉事務所から交付される決定通知書に記載されています。
- Q40パーセントの加算は必ずつくのですか。
- A
いいえ。第78条第1項は「百分の四十を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる」と定めています。「以下」なので上限であり、加算するかどうかも自治体の長の判断です。
- Q罰則は「3年以下の懲役」ではないのですか。
- A
現行法は「三年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金」です(第85条第1項)。2025年6月1日に施行された刑法の改正で、懲役と禁錮は拘禁刑へ一本化されました。「懲役」と書かれた解説は改正前の表記です。
- Q徴収金を保護費から差し引いてもらうことはできますか。
- A
できる場合があります。生活保護法 第78条の2 は、被保護者が自ら申し出て、保護の実施機関が生活の維持に支障がないと認めたときに、保護費を交付する際に徴収金を差し引くことができると定めています。本人の申し出が前提です。具体的な取り扱いは福祉事務所にご確認ください。
- Q不正受給は全体のどのくらいあるのですか。
- A
令和2年度(2020年度)の集計で32,090件、金額は約126億4,659万円です。1件あたりでは約39万4,000円になります。公表から5年が経っている数値である点にご注意ください。
- Q医療機関が不正に請求した場合も、この条文の対象ですか。
- A
対象です。第78条第2項は、偽りその他不正の行為によって医療・介護・助産・施術の給付に要する費用の支払を受けた指定医療機関等からも、同じように費用と40パーセントを上限とする額を徴収できると定めています。
- Q就労自立給付金を不正に受けた場合はどうなりますか。
- A
第78条第3項が徴収について、第85条第2項が罰則について定めています。罰則の内容は第1項と同じく「三年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金」です。就労自立給付金そのものについては生活保護はいつ終わる?で解説しています。
まとめ
- 「不正受給」は法律用語ではありません。条文は「不実の申請その他不正な手段」と書いています
- 返還(第63条)と徴収(第78条)は別の制度です。第63条は悪意がなくても適用され、上乗せも罰則もありません
- どこからが第78条かは、厚生労働省の通知が4つの基準を示しています。共通するのは「指摘されたあとの対応」です
- 40パーセントは上限であって、必ず上乗せされるものではありません
- 罰則は「3年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金」です。「懲役」は改正前の表記です
- 令和2年度の件数は32,090件で、そのおよそ6割は働いて得た収入の申告に関するものでした
返還を求められて不安なとき、まず確認していただきたいのは、その決定がどちらの条文にもとづくものかです。第63条であれば、不正を疑われているわけではありません。
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