福祉事務所のケースワーカーから「もう少し家賃の安いところへ移ってください」と言われ、戸惑っている方は少なくありません。断ったら生活保護を止められてしまうのか、いつまでに引っ越さなければならないのか、そもそも引越し費用は出るのか。不安の中身は人によって違います。
この記事では、転居指導が法律上どう位置づけられているのかを生活保護法の条文までさかのぼって整理し、拒否できるのか、従わなかった場合に実際には何が起きるのか、そして家賃が上限を超えていても転居指導の対象にならない例外があることまで解説します。
記載内容は、生活保護法および厚生労働省の実施要領(昭和38年4月1日社発第246号 局長通知、同日社保第34号 課長通知)を直接確認したうえでまとめています。当サイトは生活保護受給者向けの賃貸物件を扱う不動産会社として、住まいに関する実務を支援してきました。まずは、転居指導とは何かというところから確認していきましょう。
転居指導とは|なぜ引っ越しを求められるのか
転居指導とは、福祉事務所のケースワーカーから、いま住んでいる部屋よりも家賃の低い住居へ移るよう促される指導のことです。最も多いのは、現在の家賃が住宅扶助の上限額を超えている場合です。
住宅扶助は家賃に対して支給される扶助ですが、地域(級地)と世帯人数ごとに上限額が決まっています。上限を超えた分は支給されないため、超過分は生活費である生活扶助から自己負担することになります。この状態が続くと日々の生活が圧迫されるため、福祉事務所は上限の範囲内で借りられる住居へ移ることを促します。
お住まいの地域の上限額がいくらなのかについては、住宅扶助とは | 上限額・対象範囲・申請方法で地域別に確認できます。
根拠は生活保護法第27条
転居指導の法的な根拠は、生活保護法第27条にあります。同条1項は次のように定めています。
保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。(生活保護法第27条第1項)
ここで押さえておきたいのは、条文が使っている言葉が「指導又は指示」であって「命令」ではないという点です。生活保護制度には「転居命令」という仕組みは存在しません。この違いは、次の章で扱う「拒否できるのか」という問いに直結します。
ケースワーカーは福祉事務所の職員で、受給者の相談に応じ、必要な支援や指導を担当します。役割や訪問頻度についてはケースワーカーとは | 役割・訪問頻度・相談できることで詳しく解説しています。
「転居指導書」という文書で示されることがある
転居指導は、面談や家庭訪問の際に口頭で伝えられることもあれば、文書で示されることもあります。文書の場合、「転居指導書」といった名称の書面が交付されます。
この書面があるかどうかは、後になって二つの場面で効いてきます。ひとつは引越し費用が支給されるかどうか、もうひとつは指導に従わなかった場合の取扱いです。どちらも本記事の後半で扱います。
口頭で言われただけの場合でも、いつ・誰から・どのような内容を言われたのかをメモに残しておいてください。後から費用の支給や手続きについて話し合うときに、記録があるかどうかで進み方が変わります。
転居指導は拒否できるのか
結論から言うと、法律は「強制はできない」と明確に定めています。ただし同時に「従う義務」も定めており、従わなかった場合の不利益な処分についての規定も存在します。この二つは矛盾しているように見えますが、それぞれ別の条文で役割が分かれています。順に見ていきましょう。
法律は強制を明確に否定している
生活保護法第27条は、1項で指導・指示ができることを定めたうえで、続く2項と3項で強い歯止めをかけています。
2 前項の指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。
3 第1項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。(生活保護法第27条)
「被保護者の自由を尊重し」「必要の最少限度に止めなければならない」「強制し得るものと解釈してはならない」。転居という生活の根幹に関わる事柄について、法律がここまで明示的に歯止めをかけているのは、それだけ重い制約だからです。
一方で「従う義務」も定められている
他方、生活保護法第62条1項は、受給者の側に指示に従う義務があることを定めています。
被保護者は、保護の実施機関が(中略)第27条の規定により、被保護者に対し、必要な指導又は指示をしたときは、これに従わなければならない。(生活保護法第62条第1項)
つまり制度の建て付けは、「実力で従わせることはできないが、従うことは義務である」というものです。従わない場合には、次に説明する手続きを経て不利益な処分が行われる可能性があります。
従わなかった場合に実際に起きること
生活保護法第62条3項は、義務に違反したときは保護の変更・停止・廃止をすることができると定めています。ただし、いきなりそうなるわけではありません。同条4項が、処分の前に必ず踏むべき手続きを定めているためです。
保護の実施機関は、(中略)当該被保護者に対して弁明の機会を与えなければならない。この場合においては、あらかじめ、当該処分をしようとする理由、弁明をすべき日時及び場所を通知しなければならない。(生活保護法第62条第4項)
弁明の機会は「与えることができる」ではなく「与えなければならない」と書かれています。事前に、処分しようとする理由と、弁明をする日時・場所が通知されます。事情を説明する場が制度として保障されているということです。
また、厚生労働省の課長通知(実施要領の取扱い)第11は、指導指示に従わない場合の取扱いとして、原則はまず保護の停止とし、停止によっても従わせることが著しく困難であると認められるときなどに廃止すると定めています。段階を踏む建て付けです。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| ① 指導・指示 | 法第27条。転居指導書などの書面で示されることがある |
| ② 弁明の機会 | 法第62条4項。処分の前に必ず与えられる。理由・日時・場所が事前通知される |
| ③ 保護の停止 | 法第62条3項。原則としてまず停止 |
| ④ 保護の廃止 | 停止によっても従わせることが著しく困難と認められるときなど |
なお裁判例では、不利益な処分の前提として「書面による」指導指示であることが前提とされています。口頭で言われただけの段階と、書面が交付された段階とでは、置かれている状況が異なると理解しておくとよいでしょう。
現実的な判断材料は「超過分をいつまで負担し続けるか」
法的な整理とは別に、多くの方にとって実際の判断材料になるのは家計です。上限を超えている分は毎月ずっと生活費から出ていきます。たとえば超過額が月3,000円であれば、1年で36,000円、3年で108,000円が生活費から失われる計算になります。
一方で、転居には手間も負担もかかります。毎月の超過額と、転居にかかる負担のどちらが重いのかを具体的な数字で比べたうえで、ケースワーカーと相談して決めるのが現実的です。感情的に「従うか、断るか」の二択で考える必要はありません。
上限を超えていても転居指導の対象にならない場合がある
家賃が上限額を超えていれば必ず転居指導になる、というわけではありません。厚生労働省の課長通知(第7の問56)は、通常の上限額を超える家賃を認める「特別基準」について、次の場合が該当すると定めています。
2つ目は、長く同じ地域に住んできた高齢の方などが想定されています。3つ目は、そもそも上限額の範囲内で借りられる物件が地域に存在しないという実態を踏まえたものです。いずれも、事情を説明しないままでは考慮されません。心当たりがある場合は、その事情をケースワーカーに具体的に伝えてください。
特別基準が認められるかどうかは福祉事務所の判断です。この記事の内容は「相談する際の材料」としてお使いください。該当するかどうかを自己判断で決めつける必要はありません。
まずは、ご自身の家賃が上限の範囲内なのかどうかを確認するところから始めるとよいでしょう。
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転居指導を受けたときの進め方
転居することを決めた場合、進め方には順序があります。この順序を誤ると、本来受け取れるはずの費用が支給されなくなることがあります。
最初にケースワーカーへ確認する3つのこと
- 自分の世帯で認められる家賃の上限額はいくらか(地域と世帯人数で変わります)
- いつまでに転居する必要があるのか(法律に一律の期限の定めはありませんが、指導文書に期限が示される場合があります)
- どの費用が支給の対象になるのか(敷金・礼金・仲介手数料・運搬費など、範囲を先に確認します)
2つ目について補足します。生活保護法にも実施要領にも、転居指導に一律の期限を定めた規定は見当たりません。期限が示される場合、それは各福祉事務所の運用によるものです。示された期限内での転居が難しい事情があるなら、その事情を伝えて相談してください。
契約より先に承認を得る(順序が最も重要)
物件が決まったら、契約する前に見積書や物件情報を福祉事務所へ提出し、承認を得ます。先に契約してしまうと、費用が支給されない可能性があります。
厚生労働省の課長通知(第7の問30)は、転居に際して敷金等が支給される場合を18項目にわたって列挙しています。転居指導による転居は、そのうちの2番目「実施機関の指導に基づき、現在支払われている家賃又は間代よりも低額な住居に転居する場合」に該当します。
つまり「実施機関の指導に基づく」という点が支給の要件になっているため、指導を受けたことが確認できる状態にしておくこと、そして事前に承認を得ておくことが重要になります。18項目の全体像や、支給される費用の上限額については生活保護で引越し費用は支給される?18ケース完全網羅で詳しく解説しています。
物件探しでは受給中であることを最初に伝える
不動産会社には、最初の問い合わせの段階で生活保護を受給していることを伝えてください。後から伝えると、審査の段階で話が止まってしまい、限られた期間を無駄にしてしまいます。
受給者の入居に慣れている会社であれば、福祉事務所とのやり取りにも対応してもらえることがあります。物件探しの具体的な進め方は生活保護受給者の賃貸物件探し完全ガイドを参考にしてください。
承認を得ずに転居した場合のリスク
福祉事務所に相談せず、自分の判断で転居してしまった場合、次のような不利益が生じる可能性があります。
| リスク | 内容 |
|---|---|
| 敷金等が支給されない | 18項目の2番目は「実施機関の指導に基づき」転居する場合。指導・承認を経ていないと、この項目に当てはまらなくなる |
| 旧居の敷金返還金の扱いが変わる | 返還金は原則として収入として認定される。実施機関の指導・指示による転居の場合にかぎり、新居の敷金等に充てることが認められる |
| 指導違反として扱われる可能性 | 書面による指導を受けていた場合、法第62条に基づく手続きの対象になり得る |
いずれも、事前にひとこと相談していれば避けられるものです。急いでいるときほど手続きを飛ばしたくなりますが、順序を守ることが結果的に負担を減らします。
よくある質問
- Q転居指導に期限はありますか?
- A
生活保護法および厚生労働省の実施要領には、転居指導について一律の期限を定めた規定は見当たりません。指導文書に期限が示されることはありますが、それは各福祉事務所の運用によるものです。期限内の転居が難しい事情があれば、その事情を担当のケースワーカーに伝えて相談してください。
- Q転居指導を断ったら生活保護は止められますか?
- A
断った時点で直ちに止められることはありません。生活保護法第62条4項により、保護の変更・停止・廃止の処分をする場合には弁明の機会を与えなければならないと定められており、事前に理由と日時・場所が通知されます。また課長通知は、原則としてまず保護の停止とし、停止によっても従わせることが著しく困難な場合などに廃止するという段階を定めています。断る事情がある場合は、弁明の機会で具体的に説明してください。
- Q口頭で言われただけでも従う必要がありますか?
- A
口頭であっても、生活保護法第27条に基づく指導・指示であることに変わりはありません。ただし裁判例では、不利益な処分の前提として書面による指導指示であることが前提とされています。口頭で言われた段階では、まず内容と日付を記録に残し、疑問点をその場で確認しておくことをおすすめします。
- Q転居先はどのくらいの家賃なら認められますか?
- A
お住まいの地域(級地)と世帯人数によって上限額が決まっています。同じ都道府県内でも市によって異なり、政令指定都市や中核市は独自の基準を持つ場合があります。具体的な金額は担当のケースワーカーに確認するのが確実です。目安については住宅扶助の解説記事で地域別に掲載しています。
- Q転居指導による引越しでも費用は自己負担ですか?
- A
転居指導に基づく転居は、厚生労働省の課長通知が定める18項目のうち2番目に該当し、敷金等の支給対象になります。ただし事前に福祉事務所の承認を得ていることが前提です。支給される費目や上限額については引越し費用の解説記事で詳しく扱っています。
- Q高齢で引っ越しが体力的に難しい場合はどうすればよいですか?
- A
厚生労働省の課長通知は、高齢者等で従前からの生活状況からみて転居が困難と認められる場合を、通常の上限額を超える家賃を認める特別基準の対象として挙げています。健康状態や、その地域で長く暮らしてきた事情などを具体的に伝えて相談してください。判断は福祉事務所が行いますが、事情を説明しなければ考慮されません。
- Q転居指導を受けたのに物件が見つかりません。どうすればよいですか?
- A
まず、探している状況をケースワーカーに随時報告してください。そのうえで、上限額の範囲内で借りられる物件がその地域に実態としてない場合は、特別基準の3つ目の類型に該当する可能性があります。物件が見つからない理由が入居審査にある場合の対処は、不動産会社に断られたときの記事も参考にしてください。
まとめ
転居指導は、生活保護法第27条に基づく「指導又は指示」であり、命令ではありません。同条3項は「被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない」と定めています。一方で第62条1項は従う義務を定めており、従わない場合には弁明の機会を経たうえで保護の変更・停止・廃止が行われる可能性があります。
大切なのは、次の3点です。
- ひとりで抱えず、まずケースワーカーに事情を伝えること。処分の前には必ず弁明の機会がある
- 上限を超えていても、事情によっては特別基準が認められる場合がある。伝えなければ考慮されない
- 転居すると決めたら、契約より先に承認を得ること。順序を守れば費用の支給を受けられる
転居先の物件探しでお困りの場合は、生活保護受給者の入居に対応した物件のご相談も承っています。お気軽にお問い合わせください。
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