生活保護という制度が、いつから日本にあるのかをご存じでしょうか。戦後にできた新しい仕組みだと思われがちですが、国が貧困への公的な救済に乗り出したのは1874年(明治7年)で、すでに150年以上の歴史があります。
そして、いまの生活保護法は1950年(昭和25年)5月4日に公布され、その日のうちに施行された法律です。それ以前にも救貧の仕組みは存在しましたが、「困ったときに国へ保護を求める権利」が国民に認められたのは、この現行法からでした。
この記事では、恤救規則から現行法までの流れを4つの段階に分けて整理し、近年の制度改正と現在の運用までをたどります。なお制度の中身そのもの(8つの扶助や受給条件)は、生活保護とは何かを解説した記事にまとめています。制度の成り立ちが分かると、「なぜ資産を調べられるのか」「なぜ不服を申し立てられるのか」といった、いまの生活保護の決まりごとの理由が見えてきます。
生活保護の歴史は4つの段階で整理できる
細かな改正を追う前に、大きな流れをつかんでおくと理解がはやくなります。日本の公的な救貧制度は、次の4つの段階を経て現在の形になりました。
| 時期 | 制度 | この段階の特徴 |
|---|---|---|
| 1874年(明治7年) | 恤救規則 | 日本で最初の全国的な救貧の仕組み。対象はごく限られていた |
| 1929年(昭和4年)公布 1932年(昭和7年)施行 | 救護法 | 国が救護の義務を負うことを定めた。施行までに2年8か月かかった |
| 1946年(昭和21年)10月1日施行 | 旧・生活保護法 | 戦後の混乱への対応。素行不良などを理由に対象から外す規定が残っていた |
| 1950年(昭和25年)5月4日公布・同日施行 | 現行の生活保護法 | 無差別平等・保護請求権・不服申立てが定まり、いまに続く |
ポイントは、制度が「恵み」から「権利」へと性格を変えてきたという点です。その「権利」の中身は、現行法が定める4つの原理と4つの原則に表れています。以下、それぞれの段階を順に見ていきます。
明治・大正期 — 恤救規則は「身寄りのない極貧の人」だけが対象だった
1874年(明治7年)に定められた恤救規則は、厚生労働省の資料でも「いわゆる公的扶助の制度に属し」と位置づけられている、日本で最初の全国的な救貧の仕組みです。
助け合いが先、国の救済は最後
恤救規則の考え方の土台は「人びとのあいだの情に厚い助け合い」でした。まず親族や近隣が助けることが前提で、国が手を差し伸べるのは、そのどれにも頼れない人に限られていました。
そのため、実際に救済を受けられたのは、身寄りがなく働けない高齢者・重い障害のある人・病人・13歳以下の子どもなど、ごく狭い範囲にとどまりました。困っている人であっても、助けてくれる親族がいると判断されれば対象外です。
「権利」ではなく「恩恵」だった
この時期の救済は、国民が求めることのできる権利ではなく、上から与えられる恩恵として扱われました。受けられなかったとしても、それを不服として申し立てる仕組みはありません。「誰を助けるかを国が選ぶ」という構造が、この段階の最大の特徴です。
昭和初期 — 救護法は公布から施行まで2年8か月かかった
恤救規則の狭さは、時代が進むにつれて限界を迎えます。都市化と不況で生活に困る人が増え、恤救規則では受け止めきれなくなりました。そこで1929年(昭和4年)4月に公布されたのが救護法です。
国の義務として救護を位置づけた
救護法の大きな前進は、救護を国の義務として定めたことです。対象も、65歳以上の高齢者、13歳以下の子ども、妊産婦、障害や病気で働けない人へと広がりました。生活扶助・医療・助産・生業扶助といった分け方も、この時期に形づくられています。このうち医療にあたる部分は、いまは医療扶助として、窓口負担なしで受診できる仕組みに引き継がれています。
法律ができても、すぐには動かなかった
ただし救護法は、成立すればすぐ動く法律ではありませんでした。財源の裏づけがつかず、政権交代もあって実施の見通しが立たなくなります。実際に施行されたのは1932年(昭和7年)1月で、公布から2年8か月が経っていました。
この空白を動かしたのは、現場で困窮世帯に接していた方面委員(いまの民生委員にあたる人たち)の運動でした。全国社会福祉協議会の記録によれば、1931年2月14日に1,116名の連署による上奏文が提出され、その日のうちに内務大臣と大蔵大臣が実施で合意しています。
制度は、法律ができた時点ではなく、実際に動き出した時点から人を助けはじめる。救護法はそのことを示す例として、いまも語られています。
戦後 — 旧法から現行法へ、5つの点が変わった
戦後の日本では、引揚げ者や失業者があふれ、救護法では対応しきれない規模の困窮が生じました。そこで1946年(昭和21年)10月1日に施行されたのが、旧・生活保護法です。
しかし旧法には、大きな弱点がありました。生計の維持に努めない者や素行不良な者は、保護の絶対的な欠格者として扱われていたのです。つまり「まじめに暮らしていない」と判断されれば、どれほど困っていても保護されません。
1946年(昭和21年)11月3日に公布された日本国憲法は、その第25条で、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を国民に認めました。この憲法の考え方に法律を合わせるかたちで作り直されたのが、1950年(昭和25年)5月4日公布・同日施行の現行生活保護法(法律第144号)です。
旧法から現行法で変わった5点
厚生労働省が新法の施行にあたって出した通知(昭和25年5月20日発社第46号)には、変更点が具体的に記されています。要点は次の5つです。
| 変わった点 | 内容 |
|---|---|
| 無差別平等 | 困窮に至った原因や、人種・信条・性別・社会的身分・門地などによって取扱いに差を設けることを戒めた |
| 保護請求権 | 国民に対して積極的に保護請求権を認めた |
| 不服申立て | 正当な保護の実施を主張できる法的根拠を規定した |
| 欠格条項の廃止 | 素行などを理由に一律に締め出す扱いを改め、急迫した事情があるときはまず保護を加える運用へ |
| 実施体制 | 資格要件を備えた有給専任職員(社会福祉主事)を市町村長の補助機関とし、民生委員は協力者の位置づけへ |
このとき置かれた有給専任職員の仕組みは、いまの福祉事務所の組織と役割につながっています。
いま生活保護の申請を断られたときに審査請求ができるのも、申請そのものが国民の権利として扱われるのも、この1950年の作り直しに由来しています。なお審査請求ができる期間は、処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内です(行政不服審査法 第18条第1項)。申請そのものの手順は、申請から受給開始までの流れで解説しています。
現行法の出発点は日本国憲法 第25条
現行法が旧法と決定的に違うのは、拠りどころを憲法に置いたことです。日本国憲法 第25条第1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。生活保護法 第1条は、この条文を受けて「この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き」という書き出しで始まり、最低限度の生活の保障と自立の助長を目的として掲げました。
続く第2条は、こう定めています。
すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。
「受けることができる」という書き方に注目してください。国が与えるかどうかを決めるのではなく、要件を満たしていれば受けられる、という形になっています。恤救規則が「人民相互ノ情誼」を先に置き、救護法が対象を限って列挙していたのとは、出発点そのものが違います。制度の性格が「恩恵」から「権利」へ変わったというのは、この2つの条文に表れています。
生活保護の歴史でよくある3つの誤解
歴史をたどると、いま広く信じられている話のいくつかが事実と食い違うことが分かります。
誤解1「戦後にできた制度だから歴史は浅い」
現行法は1950年ですが、国の救貧制度そのものは1874年の恤救規則までさかのぼります。150年以上かけて、対象を広げ、恩恵から権利へと作り変えられてきた制度です。
誤解2「中身は昔からずっと変わっていない」
法律の名前と骨格は1950年から変わっていませんが、支給の中身は動き続けています。たとえば高齢者に上乗せされていた老齢加算は2006年度に廃止されました。逆に2023年(令和5年)10月には、生活扶助本体に特例加算が設けられています。いまの生活扶助の計算の仕組みは、この積み重ねの上にあります。
誤解3「受給者は増え続けている」
厚生労働省の資料は、被保護人員は平成27年(2015年)3月をピークに減少に転じ、緩やかな減少傾向が続いているとしています。増加が止まらないというイメージは、実際の統計とは異なります。
平成以降の制度改正と、いまの運用
現行法になってからも、社会の変化に合わせた改正が重ねられています。近年の大きな動きは次のとおりです。
2013年(平成25年)の改正と、生活困窮者自立支援法
2013年(平成25年)12月13日、生活保護法の一部を改正する法律(法律第104号)と、生活困窮者自立支援法(法律第105号)が同じ日に公布されました。生活保護法の改正は段階的に施行され、主要な部分は2014年(平成26年)7月1日から動き始めています。就労による自立を後押しする給付金や、就労支援の事業が加わりました。
あわせて成立した生活困窮者自立支援法は2015年(平成27年)4月に施行され、生活保護に至る前の段階で相談を受け止める仕組みが整えられました。生活保護制度の外側に、もう一段の受け皿が置かれたことになります。両者がどう違うのかは、生活困窮者自立支援制度と生活保護の違いで整理しています。
この改正では、申請の手続きそのものも条文に書き込まれました。生活保護法 第24条第1項は、保護の開始を申請する人は必要事項を記載した申請書を提出する、と定めています。ただし、同じ条文にはこう続きます。
ただし、当該申請書を作成することができない特別の事情があるときは、この限りでない。
書面の提出が原則になった一方で、書面を用意できない事情があるときは、それを理由に申請を受け付けないことはできないと法律に明記された形です。手続きをはっきりさせることと、申請の入口を狭めないことの両方を、ひとつの条文のなかで折り合わせています。
2018年(平成30年)の改正
2018年(平成30年)6月1日に成立し、6月8日に公布された改正は、同年10月1日から段階的に施行されました。子どもの学習・生活支援の充実など、世帯の将来に働きかける方向の見直しが含まれています。
近年の支給の見直し
支給額の面では、2023年(令和5年)10月に、生活扶助本体へ1人あたり月額1,000円の特例加算が設けられました。厚生労働省の告示では、居宅で生活する場合の額は、2025年(令和7年)10月からは月額1,500円、2026年(令和8年)10月からは月額2,500円です(いずれも1人あたり)。入院している方や介護施設に入所している方は、月額1,000円のまま据え置かれています。
金額や基準は告示の改正で変わります。この記事の金額は、厚生労働省の告示にもとづくものです。実際に受け取れる額は世帯の状況によって異なりますので、最終的な確認はお住まいの福祉事務所で行ってください。
歴史を知ると、いまの制度の「なぜ」が分かる
ここまでの流れは、いまの生活保護のルールを理解する助けになります。
- なぜ親族への照会があるのか?:恤救規則の時代から「まず親族や地域が助ける」という考え方が制度の土台に置かれてきたためです。現在は本人の意向を確認したうえで慎重に扱う運用へと変わっていますが、考え方そのものは古くからの流れを引いています。いまの運用は、扶養照会の対象になる親族の範囲で詳しく解説しています。
- なぜ資産や収入を調べられるのか?:救護法以来、公費で最低限度の生活を支えるという性格が引き継がれているためです。誰を対象にするかを決める必要があり、その判断材料として資産と収入が確認されます。いまの基準は、生活保護の受給条件4つにまとめています。
- なぜ不服を申し立てられるのか?:1950年の現行法が、保護を国民の権利として位置づけ直したためです。恤救規則の時代には、断られても申し立てる先がありませんでした。いま「おかしい」と言えること自体が、150年かけて獲得されたものだといえます。実際に不当な扱いを受けたときの対処法も、この権利の延長線上にあります。
よくある質問
- Q生活保護はいつからある制度ですか?
- A
国の救貧制度としては1874年(明治7年)の恤救規則が最初です。いまの生活保護法は1950年(昭和25年)5月4日に公布され、同じ日に施行されました。
- Q旧・生活保護法と現行の生活保護法は何が違いますか?
- A
大きくは5点です。無差別平等が明示されたこと、保護請求権が認められたこと、不服申立ての根拠が置かれたこと、素行などを理由に一律に対象から外す欠格条項が廃止されたこと、実施体制が民生委員から社会福祉主事へ移ったことです。
- Q救護法はなぜ施行までに時間がかかったのですか?
- A
財源の裏づけがつかなかったことと、政権交代によって実施の見通しが立たなくなったことが理由です。1929年(昭和4年)4月の公布から、実際の施行は1932年(昭和7年)1月まで、およそ2年8か月かかりました。
- Q恤救規則ではどんな人が対象だったのですか?
- A
親族や近隣に頼れないことが前提でした。そのうえで、身寄りがなく働けない高齢者、重い障害のある人、病人、13歳以下の子どもなど、ごく限られた人だけが救済の対象でした。
- Q生活保護の受給者数は増え続けているのですか?
- A
いいえ。厚生労働省の資料では、被保護人員は平成27年(2015年)3月をピークに減少へ転じ、緩やかな減少傾向が続いているとされています。
- Q老齢加算はいまもありますか?
- A
ありません。高齢者に上乗せされていた老齢加算は2006年度に廃止されました。現在は存在しない加算ですので、古い情報にもとづいて計算すると実際の額と食い違います。
- Q生活困窮者自立支援法は生活保護とどう違うのですか?
- A
生活困窮者自立支援法は、生活保護に至る前の段階で相談を受け止めるための法律で、2015年(平成27年)4月に施行されました。生活保護が最低限度の生活を直接支える制度であるのに対し、その手前に置かれた受け皿にあたります。
- Q申請を断られたとき、いつまでに不服を申し立てられますか?
- A
処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内です(行政不服審査法 第18条第1項)。なお「60日以内」という説明を見かけることがありますが、これは2016年3月31日まで有効だった改正前の法律の数字であり、現在は誤りです。
まとめ
日本の公的な救貧制度は、1874年(明治7年)の恤救規則から始まり、1929年(昭和4年)公布・1932年(昭和7年)施行の救護法、1946年(昭和21年)の旧・生活保護法を経て、1950年(昭和25年)5月4日公布・同日施行の現行生活保護法にたどり着きました。
この150年余りで変わったのは、対象の広さだけではありません。国が選んで与える「恩恵」から、国民が求めることのできる「権利」へという、制度の性格そのものが変わりました。いま申請が権利として扱われ、断られたときに審査請求ができるのは、その積み重ねの結果です。
そして制度はいまも動いています。老齢加算のように無くなったものもあれば、2023年(令和5年)10月に始まった特例加算のように新しく加わったものもあります。支給される額も、こうした改正のたびに変わります。ご自身の場合にいくらになるかを考えるときは、古い情報ではなく、いまの基準で確かめることが大切です。
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